今日はナンパした女と結婚し、どうなったかという話をさせていただきます。私は現在39歳で、個人事業で古物商を営んでいる男性です。群馬県在住です。

彼女とのナンパ・結婚・離婚当時の年齢は18歳から19歳にかけての出来事で、当時の職業は自動車整備士をしていました。やはり群馬県に住んでいました。

ナンパした相手の当時の年齢は私よりも2つ年上の20歳。職業はデパートガールでした。彼女も私と同じ群馬県在住です。

当時の前橋駅はナンパのメッカ!スタイルは連絡先を聞いて遊ぶのは後日

今から20年程昔の前橋駅と言えば、平日・週末・休日を問わず、ナンパ師やナンパ待ちの女の子の車でごった返すほどにぎわっていました。

本来スケベな私はSEX目当てに毎日、前橋駅までナンパしに行っていたものです。ただ、前橋駅ナンパのスタイルは当日は連絡先のみの交換で、実際に遊ぶのは後日というのがほとんどでした。

ですので、そういう女の子を何人かストックしておいて、遊びたいときに遊べるようにしておいたのでした。それでは早速、ナンパ・結婚・スピード離婚までの経緯を話します。

前橋駅ナンパはマニュアルがあって、完全に見た目賞ぶなナンパスポットだった

私と先輩とその友人で、いつものように前橋駅でナンパしていました。するとシルビアに乗ったAちゃん(のちに結婚することになる子)とその友人が目の前を通ったのです。

私たちはすぐに追いかけ、後ろからパッシングをしました。それに気づいたAちゃんはロータリーに入り、車を止めました。Aちゃんは裾の短いワンピースが良く似合う、松嶋菜々子似の美人さんでした。

前橋駅ナンパは誰でもできるように大体のトークはマニュアルがあり、「どこから来たの?」「何時ころから回ってるの?」「遊びに行こうよ」そして、断られた時には「今度とお化けは出ないから」と言い、「まだ、回るんでしょ?」「連絡先教えて」で締めるのでした。

ほとんどの男たちが同じことしか聞かないという、完全に見た目勝負なナンパスポットだったのです。その時の私もやはり、これらの事を聞き、連絡先を交換し合ったのでした。

ナンパしたAちゃん達と連れ込み旅館でセックス

日を置かずに、すぐにAちゃんに電話をしました。「明日なら遊べるよ」との事で、私と友人、Aちゃんとナンパ時にいたAちゃんの友人の4人で遊ぶことになりました。

前橋市の図書館で待ち合わせをしたのですが、私が「もう来るから捨てろ」と制しても、私の友人はトルエンを吸っていました。(若気のいたりです。吸うのは辞めましょう)

そこへ、Aちゃんが到着。私の友人の様子がおかしいことにすぐに気づき、引いていました。しかし私は「彼は体調が悪い」とごまかし続けました。「ゆっくりできる飲み屋があるので行こうよ」と彼女たちを誘い、連れ込み旅館に連れていこうとしました。

近くのコンビニで酒を買い込み、あとは旅館に行くだけという時にAちゃんの友人が躊躇し始めましたが、結局は4人で入館し、酒を飲み始めました。やがて、エロい雰囲気になり、私とAちゃん、友人とAちゃんの友人でSEXをしたのでした。

ナンパで知り合って1年後にAちゃんと結婚したがスピード離婚

その日から、私とAちゃんは付き合い始め、喧嘩しては別れ、くっついては、別れを繰り返していました。知り合ってから1年後にはデキ婚をすることになりました。私の親戚・友人・先輩たちみんなが喜んでくれました。

しかし、Aちゃんには私に黙って作った多額の借金があったのです。Aちゃんのその時の年齢は21歳でした。21歳の女の子が400万も借金を抱えていたのです。

私はまだ未成年で、400万も返せるわけがなく離婚しました。入籍から10日ほどでのスピード離婚です。

その後、Aちゃんは他の男と結婚!とんでなない女だった

この話をすると、ほとんどの人が「代わりに返せなかったのか」と聞いてきますが、代わりに返さなくてよかったのです。Aちゃんの借入金の使途は、ブランド品・ホストクラブでの遊興費に消えていました。彼女は買い物依存症なのです。

私が代位弁済していたら、それが当たり前と思い、また借りて、私が返すという図式が出来上がっていたと思います。

現に私と離婚後、性懲りもなくAちゃんは、サラ金に再び手を出し、適当な男と結婚し、借金があることを打ち明け、「肩代わりしてほしい」と頼み、肩代わりしてもらったり、離婚したりを繰り返しているという噂です。

最初から、関わらないのが一番だったのでしょうが、私は代わりにお金を返さずによかったと思うのです。